今回のコラムは、いつものオフィスとは少し趣向を変えて、リノベーションされたオフィスビルの一角にある、お菓子屋さんをご紹介。永田町駅から徒歩2分、2017年4月にオープンした「HOCUS POCUS」は、一見するとヨーロッパのカフェのよう。ショーケースの中には、ドーナツがまるでジュエリーのように並んでいる。ビジネス街の真ん中にお菓子屋さんをオープンした理由、そして彼らが目指す「新しいお菓子屋さん」とは?
HOCUS POCUS(ホーカスポーカス)
東京都千代田区平河町2-5-3
03-6261-6816
平日8:30〜19:00、土・日・祝12:00〜19:00
「このお店、まだ看板もないしとてもわかりにくいんですよ。これだけオープンにしているのに、みんな『何の店なんだここは?』って覗き込んでは去っていく(笑)。変わったことをやろうというところからスタートしているので、結局お客さんの想像のつかない形になってしまって」
そう話してくれたのは、HOCUS POCUSの立ち上げメンバーのひとりでもある、とある不動産屋さん。きっかけも少し変わっていて、彼がビルのリノベーション企画に関わっていたことから始まる。
「何よりビル自体の面構えがよかったんです。物件の魅力を言語化するのは難しいんですが、僕は不動産が本業なので“鼻が利いた”というか、なんとなくニーズがありそうだと感じて。東京のど真ん中のわりに路地感もあるし、リノベをしたら雰囲気は変わるだろうと」
周辺はオフィスエリアのためワーカーばかり、と思いきや、実はマンションもあるし学校もあって子どもも多い。老若男女が暮らす街なのにお店は少なく、需要に対して供給が足りていないと感じたそう。
約40坪もある店内には、ドーナツを中心に扱うお菓子屋とコーヒースタンド、イートインできる広々としたカフェスペース。感覚としては、2つの専門店に20坪のフリースペースが付いたイメージだという。
「ドーナツとかコーヒーって、アメリカンな雰囲気で、どちらかといえば男性的。それとは真逆の女性的なことをやりたいと思ったんです。ただ、いわゆるパン屋さんとかケーキ屋さんの文脈ではなくて、ドーナツをもっとプロダクトっぽく見せることはできないだろうか。そうすれば、既存のお店とは違うストーリーがつくれるんじゃないかって」
お客さんすらも戸惑うとおり、街のお菓子屋さんの雰囲気はまったくない。メインのドーナツは、もともと食品開発を手がける研究員が趣味的につくっていたもの。またコーヒーは、ショップインショップとして代々木公園の人気店「リトルナップコーヒースタンド」が出店。空間のディレクションやインテリアはウェディングドレスのデザイナーが手がけている。
「ヨーロッパっぽくて女性的、イメージしたのは『魔女の宅急便』のキキのお母さんが料理をしている姿。そこから、お菓子づくりって魔法みたいなものだよねという話になり、店名は『チチンプイプイ』を意味する『HOCUS POCUS』に決めました」
「僕らは、建物の企画書をつくるとき、ついつい1階にはカフェとかコーヒースタンドって書いちゃうんですよ。だって、オフィスの下に朝から晩までやっているおいしいお店があったら超ハッピーじゃないですか」
もともと、このビルのコンセプトは「プライベートな空間を都市に開く」こと。かつて駐車場として使われていたスペースは、植栽豊かなガーデンと音に特化したサウンドスケープに生まれ変わり、1階にはHOCUS POCUSのほか、ビルのテナントが運営するカフェも入居している。
「ビルで働く人たちは、ランチはとなりのカフェで、お客さんとミーティングするときはウチで、というように使い分けてくれているし、街の人たちもだんだんと使い方がわかってきてくれている気がします。場所柄、官公庁が多いのでスーツのお客さんもいれば、女子大生やファミリーもいる。多様性があってすごく面白いですね」
さまざまなジャンルのプロフェッショナルが名前も明かさず集まって、一軒のすてきなお店をつくった。そんなストーリーを思い描いている。
「たとえば、お菓子を買いにいったら試食したいじゃないですか。お金を払うならおいしいコーヒーであってほしいし、席に座るなら豊かな時間であってほしい。やってみると妥協しないといけない部分がわかってくるんですが、今回はびっくりさせるのが目標だから妥協はしません。お客さんがお店に期待していることは全部実現したい」
そんな言葉のとおり、ドーナツやコーヒーはもちろん、空間やインテリア、流れる音楽に至るまで、日々細かなこだわりを積み上げている。目指しているのは、HOCUS POCUSのお菓子を持っていったとき百発百中で喜んでもらうこと。
「まだまだ結果は全然出せていないんですけど(笑)。単純に、自分たちの中で“やばいね”っていうレベルを保ちたいし、まわりの人たちにそう言われるのが一番うれしい。お土産を買うときに必ず思い浮かんで、『何これ、どこで買ってきたの!?』って驚かれる。あそこなら間違いないって思われるようなお店になりたいですね」
このテナントが入居するビルの情報
都市へ開く (東京都千代田区平河町)