2020年12月、三菱地所による有楽町エリアの再構築プロジェクト、有楽町「Micro STARs Dev.(マイクロ スターズ ディベロップメント)」が始動しました。まだ価値の定まりきらない(=micro な)人・アイディア・コト・モノ同士が交わり、磨かれていき、次の時代を担うベンチャーが生まれる仕組みを有楽町からつくり上げていくプロジェクトです。
そんなビジョンを実現する舞台として、2つの施設が誕生しました。ひとつは、さまざまな人・アイディア・文化・食に出逢える複合型店舗「micro FOOD & IDEA MARKET」、もうひとつがワーキングコミュニティ「有楽町『SAAI Wonder Working Community』」です。
「micro FOOD & IDEA MARKET(以下:microマーケット)」は、イベントをしたり、人と交流できるステージ機能、まちの憩いの場であるカフェ機能、物販・展示機能という3つの機能が融合した施設です。有楽町駅前の誰もが気軽に訪れることができる立地で、実験的な取り組みが日々行われていく複合型店舗になっています。
「有楽町『SAAI Wonder Working Community』(以下、「SAAI」)」には、アイディアをプロジェクト化していくSTUDIOシステムや、多種多様なイベント開催、コミュニティマネージャーの「チーパパ・チーママ制度」など多くのコンテンツのほか、プレゼンスペースやオフィスキッチン、バー、御座敷(!?)、そしてワークスペースの一角にはプロデューサーのみなさんのキーアイテムが展示されているなど、アイディアや出会いを誘発する空間の仕掛けがあります。まさしくワークスペースにはとどまらない「ワーキングコミュニティ」として、多様な価値観を持った「個」が集い、新たな感性と出逢い、アイディアをカタチにするための会員制施設です。
「Micro STARs Dev. (以降:micro)」には、建築、編集、メディアアート、仏教をはじめ様々なジャンルの外部プロデューサー陣が参画しています(詳細はこちら)。「SAAI」で見出された新しい人、アイディア、モノやコトがプロデューサーたちとコラボレーションして事業へ発展したり、ときにはmicroマーケットでアイディアが展開され、街からの評価を受けることで更に磨かれていく。そんな一気通貫の仕組みづくりが行われていきます。
さて、前置きが長くなりましたが、今回はプロデューサーの一員である馬場正尊が、さまざまなジャンルで活躍される多才なプロデューサーのみなさんを訪ねていくインタビューシリーズです。テーマは「ルーツ オブ クリエーション」。成長過程でどのようなことに影響を受けてきたのか。人生のターニングポイントはどこにあったのか。日々生み出されるアイディアの源はどこにあるのか。プロデューサー陣のルーツを知り、その感性に触れることで、新たなチャレンジのヒントを見つけることが狙いです。
第1回は、microプロジェクトを推進するプロデューサー・株式会社 umari 代表取締役の古田秘馬さん。古田さんといえば、市民大学「丸の内朝大学」や農業実験レストラン「六本木農園」のほか、地域プロデュース、企業ブランディングなど、多くのまちや人を巻き込む企画の仕掛け人。今回のプロデューサー陣の人選も、古田さんの見立てによるものです。
プロデューサーとして古田さんはmicroプロジェクトをどのように見ているのか。古田さんのルーツと共に、新たな価値を生み続けるユニークな視点の原点を探っていきます。
古田秘馬
プロジェクトデザイナー。株式会社umari代表。
東京都生まれ。慶應義塾大学中退。東京・丸の内「丸の内朝大学」などの数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。農業実験レストラン「六本木農園」や和食を世界に繋げる「Peace Kitchenプロジェクト」、讃岐うどん文化を伝える宿「UDON HOUSE」など都市と地域、日本と海外を繋ぐ仕組みづくりを行う。現在は地域や社会的変革の起業に投資をしたり、レストランバスなどを手掛ける高速バスWILLER株式会社やクラウドファンディングサービスCAMPFIRE、再生エネルギーの自然電力株式会社・顧問、医療法人の理事などを兼任。
馬場 古田さんには以前、書籍『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』でお話をうかがいました。そこから約6年ぶりのインタビューですね。
古田 まだ太っていたときですかね。
馬場 いまはもう別人みたいになっているけど。あらためて今日はよろしくお願いします。プロジェクト全体を俯瞰して見ている立場として、まずはmicroプロジェクトについて聞かせてください。そもそもこの一連のプロジェクトはどのようにして始まり、古田さんはこのプロジェクトをどのように見ているのか、そこを解き明かせればと思っています。
古田 microプロジェクトは、三菱地所さんが有楽町エリア再構築に向けて始動させたものです。丸の内朝大学の頃から、三菱地所さんとは常におもしろいことをやろうと意見交換をしていて、普段の会話から「こんなまちづくりをやってきたいですね」と共有していた世界観があって、その一環から生まれたプロジェクトだと思っています。
有楽町の再構築といっても、もちろん内装工事はあるけども、なにも壊さないし、新しい建物をつくるわけではない。そういった意味では、朝大学と同じなんですよ。日常に新しい概念を埋め込んでいく感覚。僕の仕事は、コンセプトをつくることだと思っています。
馬場 今回だったら「micro(マイクロ)」ですね。
古田 microとは、まだどういうものかわからない、価値が見出されていないモノや人やアイディア。いわゆる都市におけるマイクロ性の重要性を考えていきたい。実はマイクロなものって世の中にいっぱいありますが、これまで都市はそのマイクロ性を排除してきたと思うんですよ。ある程度、数字として見えやすいもの以外はね。
馬場 確かにそうですね。均一性を追求しちゃうよね。
古田 やっぱり今までにない逆張りをすることがおもしろいわけじゃないですか。夜が盛り上がっているとき朝大学があったらどうかな。六本木のど真ん中に農園を持ってきたらどうかな、とか。それは社会に対してのアンチテーゼではなく、オルタナティブをつくるということ。最近だったら、田舎暮らしと都市暮らし、どっちなの?ではなく二拠点居住があるように、対極するどちらかではないと思うんです。
microプロジェクトでもカウンターカルチャー的にマイクロなものを集めることが目的ではなくて、それらが集まって次のオルタナティブが生まれていってほしい。対極するものをアウフヘーベン(一度立ち止まり、2つをかけあわせ、より上の次元に持っていくこと)して、前面にもっていく。そうやって段階的につくっていかないと、いきなり社会は変わらないかなと思うので。
馬場 なるほど。microプロジェクトのベースとなる思想も確かにそうだし、古田さんがいつも仕掛けているプロジェクトの心地よい違和感というか意外性、そんな質感の秘密を少し垣間見た気がします。
古田 違和感はすごく重要だと思っています。不安定さともいえるかな。不安定だと、自分の軸を意識しますよね。
馬場 なるほどなぁ。
馬場 microプロジェクトでは、「micro FOOD & IDEA MARKET」と「SAAI」という2つの拠点がありますよね。複合型店舗であるmicroマーケットの発想はどのようにして生まれたのですか?
古田 かつては海の民と山の民、それぞれ文化の違う人たちが交流して、お互いのものを交換した。海の人にとって大きな価値がないものでも、山の人には価値がある。それを選ぶのは、自分たちの見極め次第という考え方。現代のまちはセレクト能力が強くなりすぎていますよね。例えば、ハイブランドのバックと聞いた瞬間に、「これはいいものだ」と勝手に思い込むわけですが、ブランドを知らない人からすると、「なぜこれはいいものなんだろう?」と本当の市場価値を考えるようになりますよね。microマーケットでそんなことができればいいなと思っているんです。
馬場 ものすごく原始的な市場のようなものを、有楽町のど真ん中にボーンと持ってくるイメージだったんだ。
古田 そうそう。ようは、絶対的価値なんてないって思っているんです。
馬場 絶対的価値がない?
古田 いまは価値が相対的になっていますよね。経済が右肩上がりの時代は、みんなが統一化しているから、絶対的価値に近いものが存在していました。だけど今は「個」の時代です。YouTubeやSNSで個人がメディア化したり、個人同士で売買するメルカリがあったり、クラウドファンディングでお金を集めたりと、個が強くなってきている。するとコミュニティは分散型になり、価値観も相対的になっていく。だからこそ、思想感から何か新しいOSをつくれたらいいなと思うんですよね。
古田 microマーケットには、ひとつの店舗にいろんな機能があるわけですが、「これをつくりましょう!」と明確に決めてスタートすると、オープン時がピークになってしまいます。もちろんもっと定義をしようと思えばできるかもしれないけど、定義すればするほど、定義以上のものにはならないですよね。
馬場 そうですよね。次々に思いついたいろんなことをやってみる。それをずっと繰り返していく感じですね。不思議な場所ですよね。
古田 スマートフォンも最初に出てきたときは、これは電話なのか?小さなパソコンなのか?と、なんと定義するのかという話になっていたけど、いまでは誰もが当たり前にスマホをスマホと認識している。
馬場 不安定さゆえに新しい概念が生まれていくんですね。ご飯を食べる、人が集まる、プレゼンテーションをする、デジタルでありアナログである。全部が集まってよく分からない場所になっていますよね。
古田 誰といつなにを体験するかによって印象はみんな違うわけですよね。それでいいんじゃないかなあという気がして。
馬場 そっか。さまざまな見え方をすることを積極的に許容していく。
古田 それらが同じ場所に共存していることが重要なのかなあと思っています。
馬場 microマーケットの隣の新有楽町ビルには、「SAAI」があります。今回僕は空間づくりに参加させてもらったわけですが、古田さんは、あそこでどんな実験をイメージしていますか?
古田 SAAIにおいては、まず「ワンダーワーキングコミュニティ」という言葉を考えました。というのも、スペースとして見ると、物理的な広さには限界があるじゃないですか。そこに思想感をプラスした瞬間、無限大に広がるわけです。SAAIではいかに従来型の作業じゃないことをするかを突き詰めていきたいですね。
馬場 空間づくりのひとつのキーワードに「ルーツ オブ ワーク」「ルーツ オブ クリエーション」と考えたんです。プロデューサーたちのルーツってなんだろう。今ここにたどり着く原点を探るために、あえて「小学生のとき何していたの?」みたいな、究極の個にまつわる問いを投げかける。そこに何かおもしろい概念が眠っている気がして。
SAAIにはベンチャーの人たちもたくさんいるから、そこを見つめてほしいなと思うし、そんなことを話す場にしたいなと僕は思っています。空間にはそれにまつわるアイテムを配置して、コミュニケーションのきっかけにもなったらいいなと。
古田 おもしろいですね。
馬場 その序章として、いまプロデューサーのみなさんを訪ねてルーツを聞くインタビューをして回っています。みなさんそれぞれが独特ですごくおもしろいけど、古田さんの半生も聞けば聞くほど謎めいているんですよね。イタリアのプロリーグにサッカー留学に行ったり、パリ・ダカール・ラリーに出たり、ニューヨークでコンサルティング会社をつくったりと。そんな古田さんのルーツってどんなところにあるのでしょうか。
古田 うちの両親は海外生活が長くて、僕が小さい頃からうちにしょっちゅう外国人が来て、毎晩のようにパーティーをしていたんですよ。例えば、小学校高学年の頃「今日は香港の年下の女の子とカナダの年上の男の子が来るから、半日みんなで仲良く遊んでね」と言われるんです。そうすると、子どもながらにホスト役をやらなくてはいけなくて、どうやったら一番盛り上がるかな?といろいろ考えるんですよ。
馬場 その頃から企画を考えていたんだ。
古田 勝ち負けを目的にしたくない。そして言葉が通じないという制約がある中で、この6時間を楽しく過ごすためのゲームってなんだろう?とか、そんなことを昔から考えていましたね。その体験や感覚が自分の中のベースにあります。
けっこう僕はルールをつくるのが好きなんですよ。規則ではなくて、例えば3人いるとしたら、その3人の中だけに共通すること、この3人で楽しめるルールを考えるっていうのが好きだったんです。だから今回も新しいルールというか、新しいみんなが楽しめる法則や概念みたいなものが見つかればいいなと思っているんです。
馬場 アイディアはどんなときにひらめくのですか?
古田 PCの画面の前でひらめくことはないですね。旅の途中にアイディアが出ることが多いかもしれません。旅が好きで三日間同じ場所にいることがないんです。いろんな場所に行っていろんな刺激を得ている。最近ではボクシングをやっているので体を動かした後もそうですね。そうだ、SAAIにはサンドバックを置こうかな。
馬場 それいいですね。古田さんの「ルーツ オブ クリエーション」。オフィスのアイコンとしてもおもしろい!
古田 すごく自分と向き合えるし、コミュニケーションツールにもなる。
馬場 古田さんって身体的な人なんだろうなあ。
古田 昔から、モノをいろんな形にとらえてみるのが好きなんですよ。例えばコーヒーカップを見たとき、反対にしたら虫取りになるかもしれないし、投げたら武器になるかもしれない。誰がコーヒーを飲むものと決めたんだろう?みたいな、ちょっと面倒くさい感じなんだけど、そういう思考からですよね。
でもこれはきっと何にでも言えることで、コーヒーだって豆を焙煎してあの色が出てきたのは、太古に誰かがこれはなんだろう?なにに使えるだろう?と問いかけて、今の飲み物にたどり着いたはずなんですよね。
そのように考えるためには、ぼうっと見ることが大切。じっくり見すぎると現象にとらわれてしまうけど、全体のありのままをしばらくぼうっと見ていると「これってもしかしたら、こういうことかもしれないな」と見えてくる。
馬場 考えさせられるなぁ。古田さんと話していると、抽象的な問いを立てられている感じがします。
古田 そうやって考えていると、非常に相対的な自分がいるんですよ。「自分でこれがやりたい!」ということが本当にない。主義主張もない。いろんな状況や時代の中で、いまこれが必要だなって思うことをやっているだけ。とはいえ、流されていることとも違って、全体の適正を見据えて何が必要なんだろう?と考えている感じです。
馬場 ある意味で無のような状態でいるから、いま世の中で必要とされていることが、的確に見えているというような感じなのかな。古田さんって変な欲がない。ふっといる感じ。
古田 常に重要なのは、何になりたいかじゃなくて、どんな状態でいたいか、ということ。そこを大切にしていますね。
馬場 古田さんにインタビューするのって、すごく不思議な感覚なんです。
古田 そうなんですか?
馬場 普通の人と論理の展開の仕方が全然違う。一般的に人が話すパターンは、具体的なことから入って、最後に抽象的に落としていくのがほとんどですが、古田さんだけは抽象概念から入って、そこから例えば…と落としていく。思考のプロセスが普通の人と逆なんですね。そんなことを6年前に最初にインタビューしたときに、原稿を書きながら気が付きました。
古田 きっと昔からそうで、「そもそも本質はなんだろう?」と考えますね。それを日常や身近なことに落とし込んでみると…みたいな。
馬場 つまり古田さんは概念の人なんですね。古田さんの周りからmicroプロジェクトがどのように発展していくのか、すごく楽しみにしています。