コワーキングスペースや新しい働き方が広がるにつれ、かつてはなかった仕事が生まれつつある。人と人、人とコトとをつなぐ、コミュニティのハブのような存在。
まだ馴染みのないその職種について、REWORKがヒントを求めたのが「まちの保育園」だった。まちの保育園には「コミュニティコーディネーター(CC)」という、園と地域を取り巻く人々をつなぐ専門職が配置されている。
今回はまちの保育園・こども園代表の松本理寿輝さんのオフィスを訪ね、REWORK編集長・馬場正尊がインタビューを行った。一見すると特殊分野な保育やCCのエピソードには、クリエイティブな思考の仕組みと、極めてシンプルで抜本的な経営思想が貫かれていた。
松本 理寿輝(まつもと りずき)
1980年生。1999年一橋大学商学部商学科入学。ブランドマネジメントを専攻する傍ら、子どもたちの置かれている環境に興味を持ち、幼児教育・保育の実践研究を始める。博報堂、フィル・カンパニー副社長を経て、2010年4月に「ナチュラルスマイルジャパン株式会社」(まちの保育園・こども園の運営会社)を、2015年3月には「まちの研究所株式会社」(保育・教育・まちづくりのデザインコンサルタント会社)を創業。
現在都内にて3つの認可保育園「まちの保育園」と2つの認定こども園「まちのこども園」を運営。子どもを中心に保育者・保護者・地域がつながり合う「まちぐるみの保育」を通して、乳幼児期によい出会いと豊かな経験を提供し、保育園が既存の枠組みを超えた「地域福祉のインフラ」となることを目指している。
馬場 僕たちの付き合いは長くて、最初に出会ったのは松本さんがまだ大学生の頃かな。まさか松本さんを経営者としてインタビューすることになるとは、夢にも思いませんでした。
今回は主に2つ聞いてみたいと思います。まず、まちの保育園が各園に専門職として置いている「コミュニティコーディネーター」について。新しい職種としてREWORKが興味を持っている分野です。
もうひとつは「経営」について。以前にインタビューさせてもらったのが、書籍『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』のときで、2014年の春頃でしたね。
松本 5年前ですか。もっと昔に感じますね。
馬場 あの頃はまだ小竹向原と六本木に続く吉祥寺の園ができる前で、経営者よりも“ビジョンを持つ保育者”のカラーが強かった。いまでは園が5つ(※)に増えて、きっと現場目線から経営目線に変わっていったと思うので、まちの保育園・こども園の経営についても聞かせてください。
※小竹向原、六本木、吉祥寺の認可保育園「まちの保育園」と代々木上原、代々木公園の認定こども園「まちのこども園」
馬場 まずは「コミュニティコーディネーター(CC)」から。実は僕たちもシェアオフィスを運営したり、建築の仕事をしたりする中で、コミュニティのハブとなる人材が本当に必要になっていると感じています。
以前に「まちの保育園 吉祥寺」CCの中西信介さんを取材させてもらい、現場の声を聞かせてもらったんだけど、今回はマクロな視点でCCについて聞きたい。まずは、どんな背景からこの仕事が生まれたのでしょうか。
松本 保育園をまちに開こうと考えたときに、2つの側面がありました。ひとつは、子どもたちの学びや育ちのために、地域と協働していきたいという、保育・教育活動の充実です。
もうひとつは、園が「まちづくり」の担い手となること。地域から一方的に何か享受する関係ではなく、園が地域の人々のつながりに関われるのではないかと。園の施設を使うというハード面だけでなく、どちらかというとソフト面の方です。
例えば、最近では町内会が高齢化していて、若い人たちの関わり合いが少なくなってきている。都内でいうと町内会の平均年齢は68歳、加入率も10年ごとに10%ずつ下がり、今では40%を切ろうとしている。
地域交流が希薄化すると、孤独死や引きこもり、孤育て(母親が孤立して子どもを育てている状態)などの問題も出てくるなどと言われていますよね。防災・防犯の面でも地域のつながりあいは大切にされています。
保育園・幼稚園・こども園には、毎日子どもを連れた若い世代の保護者の方が通ってきてくれますし、若い世代を地域でネットワークすることができる地域で貴重な存在です。この、地域の若い人たちをつなぎ合わせる仕組みを、もう少し充実できるのではないかと思っていました。
小学校以降になれば、保護者は学校へ行く頻度は下がりますが、保育園・幼稚園・こども園には、毎日のように行きます。それぞれの園は、家庭を支える役割を持ち、家庭と共に子どもの環境をつくるので、保護者の方々と深いつながり合いをつくっていく性質が元々あったんですよね。
馬場 保育園が地域と共にあることの重要性と、地域の若い世代をネットワークするためのインフラ化。そこに意識的になり始めたのはいつですか?
松本 吉祥寺で開園する前後の2015年あたりです。一番はじめの小竹向原の園では、小竹町の若い世代をつなぎ合わせることをまず自分でやってみました。若い世代同士ではどう関わっていいのかわからない人が多く、「信頼ある人から紹介してもらえるなら、地域の行事にもどんどん参加したい」という声がありました。つまり“誰がやっているか”が大事ということがわかりました。
馬場 保育園の先生たちに時間をかけさせるわけにいかないから、まず自分自身でやってみたと。松本さんが初めてのCCというわけですね。
松本 実は、CCたちの中で僕は0号と言われているんです(笑)。保育の領域はすごく仕事量が多くて、さらに業務を増やしていくことにも限界がある。ご縁があって2園目が六本木にできることになった時に、小竹町で自分がやっていたような役割が「まちの保育園」にいることは大事かなと思いました。そこで自分の役割を定義してみて「コミュニティコーディネーター」と言ってみた(笑)。
馬場 自分が動いてきたことを、二人目をつくるときに定義したんだ。
松本 そうですね。だけど自分がやってきた業務は、当時はまだ手探りだったこともあって定義しきれないし、明確に言語化するのが難しかった。そこで、ひとまず、CCとだけ名付けて「CC募集」とウェブサイトで発信したら、面白いことにたくさんの応募があったんです。
今から考えるとひどい話ですが、おおよそ、僕たちが現場で大切にしてる「世界観」だけ伝えて、そのあとに、応募者に対して「CCってなんだと思いますか?」と聞いてみました。それが本当に勉強になる回答ばかりで、CCのイメージが広がりました。そうやって対話を重ねて行く中、本村洸輔さん(まちの保育園 六本木 元コミュニティコーディネーター・現主任保育士)がCC第一号になってくれました。
馬場 僕らが運営しているシェアオフィスにも「コミュニティーマネージャー(CM)」を置いています。CCもCMも、生まれた経緯は全然違うけれど、大きく社会的な要請として見ると共通するものがある。
僕らは建築設計の業務をずっとやっていて、“つくって終わり”のサイクルの中にいたわけだ。でも実は、空間をつくって、その空間がどう運営されるかの方が重要だと気づいた。いまそこのニーズがどんどん高まっているんだよね。
理想の空間を実現していくには、デザインだけでは全然到達しない。それを運営する現場の人たちがすごく重要だと。うちの場合は、オフィスをシェアオフィス化しようというときに、その局面に立った。どうしようかと思って、設計のこともわかりコミュニケーションをはかれる人材として、僕の大学のゼミ生だった中川未咲さんを呼んだのがスタートです。
今でもなかなかCMの定義はできなくて、最近「これって総務なのか、なんだろか?」って話しています。「高円寺アパートメント」で女将をしている宮田サラさんもそう。世の中でしっかり定義されていないけど確実に必要なポジション。サラさんの場合は、地域とつながるという意味でCCとすごく似ている気がするし、中川さんも、企業やワーカーを対象としているけどモードはすごく近い。どれも戦略的に出てきたというよりも、状況の必要性に迫られて生まれた仕事なんだよね。
松本 CCやCMの仕事って答えが明確にあるわけではなくて、「問い」の領域にあると思っています。
みんなでわいわいと「なにが豊かなんだろう」「なにがハッピーなんだろう」って対話をしながら進めていく。それが1ヶ月後、1年後には変わっているかもしれない。そんな問いの中に生きている人たちの世話役というか。世話役の存在がいるから、誰かがリーダーシップをとる必要はなくて、みんなが自由にやれる環境ができるのかもしれません。
馬場 CCという世話役がいるから自由な環境が生まれる。確かにそうかもね。
松本 “世話役”といった、ざっくりとした望む姿はありますが、それぞれ仕事のアプローチには自由さや余白があっていいと思っています。そうでないと、その人やコミュニティ、社会にとって本当に意味あるものにならないし、明確なゴールが定められていると予定調和になってしまいますから。
馬場 「問いの中にある」とは本当にいいフレーズだなあ。採用のときに「CCの役割は〜」って説明するのではなくて、「CCって何だと思いますか?」と聞いてみる。これは相手のスタンスが聞けてとてもいいね。僕も使わせてもらおうかな(笑)。
馬場 これはあらゆる職業にいえることかもしれない。少し前までは、仕事が細分化されて、役割が明確に与えられて、順序通りにカチっと社会が構成されていたけど、今はそれが通用しなくなっている。「今ここに何が必要なのか」と総合的に問う力がきっと求められているんだろうな。
松本 そうですね。「私たちの世界は、それにどのような意味づけをしていくかによってつくられていく」という考えがありますが、僕たちの領域では、一つひとつのことに、子どもと大人とで向き合って、大切な意味を言い出していくのが楽しい。「意味」はいつも一通りではないし、時と場所によって変わっていきます。どんなことでも、そこからやると豊かになるなと思ったりします。
松本 先日のCC講座(※)では、自分たちがなにを学んでいくか、その思考回路をつくっていくこと自体が大事なんだという結論になりました。
※「CC講座」とは、「まちの研究所」が東京大学大学院教育学研究科と協定を結んで開催しているCCの養成と育成のための講座
馬場 なるほど、思考回路ね。メソッドじゃないんだね。思考回路を学ぶほうが、自分で考えて自分で創造できるようになるということか。
松本 これからの時代では、地図という道しるべを知っていることよりも、自分の羅針盤を持っていることが重要だという考えがあります。それは、本当にそうだなと思います。それはつまり「何を学ぶか」よりも「どう学ぶか」という、これからの学び方自体を身につけること。
馬場 「どう学ぶか」を考えるには、なにが必要なんだろうか。
松本 多様性の中に生きることが大事だと思いますし、クリエイティビティ(創造性)はテーマになってくるだろうと思います。
松本 ちょうどこのインタビューの直前に園の先生たちとの対話があって「創造性は何によって導かれるのか」と話をしていたら、4つのキーワードが出ました。
1つ目は「出会い」。思考は「既知と既知の組み合わせから未知に旅立つこと」と言われたりしますが、それは子どもたちの「創造」のプロセスと同じだと思います。子どもたちは生まれた頃から、表現したり、何かをつくったり、手探りしながら、自問自答しています。そして、どうやら、子どもたちをみていると、その「創造」は、何か・誰かとの「出会い」を生かしていることが多い。僕たちも「出会い」に、もっと意識的で敏感になると何かが変わってくることもあるかもしれない。
2つ目は「カオス」。わけのわからない無駄なものに子どもが「表現」として価値を与える。無秩序で収集がつかない時間から、とんでもないアイデアが生まれてくる。素敵な絵を描くなと見ていたら、もっと描いて黒い色になっていくこともあるが、子どもの心はとても満たされている。もちろん、子どもの環境において、秩序や心地よい環境は大事ですが、ハード面(環境)でも、ソフト面(関わりや時間の持ち方)でも、意図的に「カオス」を保障していくことも大事なのではないかと。
3つ目は「安心」。子どもたちが不安の中で、創造は起きない。子どもの安心は、周りの人の心の落ち着きと直結するので、保護者も安心できるようにしていくことも、保育者が楽しく穏やかに仕事に向き合えることも大事。その場がみんなにとって、居心地の良い場であることが大切。
4つ目は「ゆったりとした時間」。場面を見ながら、時間を制限せず、自分の心が動くことに集中できるゆとりを設定することも大事。
これはCCでもいえる話で、このようなフレームを整理して意識しながら動かしていければと思っています。
馬場 こんなに次のフレーズが出てくるのが楽しみなインタビューも久しぶり。しかも、この4つのキーワードは戦略的に練ってあるわけでもなく、先生たちとの日常会話から出でくることがすごい。
松本 現場から出てきた生の情報ですね(笑)。このように一旦、仮説として整理したものを、具体的な例から検証していき、また再編集してチームやコミュニティで確認して深めていく、という繰り返しになるのだと思います。このような対話の時間を大切にしています。
馬場 これって会社や組織でもまったく同じだと思うんだ。常に面白いこと、クリエイティブなことを考えて生産性を上げていかなければいけない中で、僕自身も感じていたことを言語化してくれた感じがする。
うちのオフィスは公園をテーマにしたシェアオフィスなんだけど、そこでは「出会い」や「カオス」を演出しているんだなあと。「安心」という意味では、ひと昔前まではクリエイティブ業界は不安定なイメージがあったけど、それを整えたいと思っている。
次の課題は「時間」だなぁ。今は働き方改革で労働時間をいかに短くするか必死になって、追い詰められている気がする。あれって逆にどんどん創造力や自主性を奪うよね。「ここまでしか仕事しません」みたいになっちゃって。
松本 何でもそれがいき過ぎると辛いですよね。効率性も。CC講座の中では「リダンダンシー(冗長性)」というワードも出てきました。リスク対策のために、代替手段(余裕)を持つことなどで使われたりもしますが、実はこの余裕は、組織やコミュニティの価値創造を支えるのではないかということです。それをどういう風に仕組化するかですよね。
馬場 冗長性をどう仕組み化するか。一見矛盾のようなフレーズだけど、本当に重要なことかもしれないなあ。
松本 今、保育・幼児教育や園に求められることが高度化・複雑化しています。あるいは、社会の変化の中で、先程の「まちづくり」のように園の特性を生かして、日本の地域や社会づくりに貢献できることがある。このように新しい価値を創造していくときには、新しい役割や組織論が必要です。
その中、専門職としての保育者は、これまでの仕事に加えて、想いを持ち向き合ってくれます。しかし、すでに仕事が高度化している中にあり、手一杯な状況があったりもします。それならばと、保育者の想いや行動を支える職種を置こうと位置づけられたのがCCであるとも言えます。こうやって組織として、人的にも、時間的にも、そして、みんなの心の面でも「余裕」を持つことにしたんです。これは組織・コミュニティの価値創造につながる大事な選択だと思っています。
馬場 そうか。忙しい保育士でも頑張ればCCが兼任できるかもしれないけど、あえてCCと保育士と役割を分けている。
松本 そうですね。保育士は忙しいながらにもCC的な意識を持った人がいて、CCも保育士への理解の為に保育士の資格をとったり、子どもたちの伴走者になろうとしている。保育士とCCの境界が曖昧になって、結果的にみんながCC的な視点を持つことが理想ですが、いまはCCの役割の重要性を感じて、組織の中で職業として位置付けています。
馬場 今日は僕らが運営するシェアオフィスでCMをしている中川さんも同席していますが、話を聞いてどう?
中川 私も最初はゼロから始めて、シェアオフィスのメンバーから求められていく中で「じゃあ、こういう動きをしよう」と試していきました。少しづつ自分なりの答えや仕事が出来上がっていく実感があります。きっとCC もCMも、現場や人ごとに仕事内容ややり方が違って、それぞれの正解があるんだろうと思います。
松本 たしかにCCには「ないものをつくっていく」よりも、「あるものをどう意味づけしていくか」という側面が強いかもしれませんね。
馬場 「そこにあるもの」に柔軟に反応していく仕事ということなんだな。
後編では、保育を軸にした社会のイノベーションに挑む、松本さんの経営思想についてうかがいます。