起業やフリーランス、テレワークなど、働き方がますます多様化するなか、コワーキングスペースが新しい共働型オフィスの形態として定着してきた。
近年は、このスタイルをさらに進化させ、共働型オフィスとシェアハウスを一体化させたようなハイブリッド型の集合住宅「Co-living(コリビング)」が、欧米の主要都市で広がりはじめている。インターネットに接続できればいつでもどこでも仕事ができる環境が整い、仕事と日常生活との境目が曖昧になりつつあるなか、仕事場だけでなく、生活空間をも共有し、それぞれの仕事に取り組みながら、快適に暮らせ、コミュニティ内の仲間との交流も楽しめるのが特徴だ。
米ニューヨークで2015年に創業した「Common(コモン)」は、コリビングの先駆的存在である。現在、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど、米国6都市15カ所でコリビング型施設を運営している。施設あたりの入居者は9人から130人で、利用料金は、光熱費やWi-Fi利用料、清掃サービス料などを含め、月あたり975ドル(約10万6650円)から2500ドル(約27万3500円)で設定されている。
コモンは、個々のプライバシーに配慮され、快適かつ機能的に生活できる住環境と、思い切り仕事に打ち込めるワークスペース、多様なバックグラウンドを持つ入居者同士が交流できるコミュニティという3つの要素を“一つ屋根の下”で実現しているのが特徴だ。
寝室はすべて個室で、ベッドなどの家具が備えられ、コンパクトながら収納スペースも十分に確保されている。共用のキッチンには、冷蔵庫や食洗機、電子レンジ、調理器具などが揃えられ、自炊をしたり、仲間たちと一緒に料理を楽しむことができる。ワークスペースは、入居者たちが日々、集中して仕事に取り組める環境が整っている。また、コミュニティスペースでは、定期的にイベントなどが開催され、入居者同士の交流を深める機会にもなっている。
コモンは、施設の設備マネジメントやメンテナンスだけでなく、入居者コミュニティのファシリテーションやサポートにも注力している。コモンでは、事前の面接審査を通過した人のみ入居できる仕組みとなっており、入居者は、大学を卒業したばかりの若者から様々な職種のプロフェッショナルまで幅広く、平均利用期間は6ヶ月から12ヶ月程度だ。
米国では、コモンのほか、ニューヨーク、ボストンなど米国4都市で展開する「Ollie(オリー)」、カリフォルニア州を中心に6施設を運営する「OpenDoor(オープン・ドア)」など、コリビング型施設を専門に運営する事業者が次々と生まれている。また、世界96都市に共働型オフィススペースを運営する「WeWork(ウィワーク)」もコリビングの分野に進出しており、現在、ニューヨークとワシントンD.C.でコリビング型施設「WeLive(ウィリブ)」を運営している。
コリビングは、欧州でも少しづつ広がっている。2016年5月には、英国初のコリビング型施設「The Collective(ザ・コレクティブ)」が英ロンドン東部でオープンした。コンパクトで機能的な個室と共用のキッチンスペース、ワークスペースに加え、入居者専用のフィットネスジムやバー、レストラン、イベントスペース、図書室、シアタールームなど、余暇を楽しめる設備が充実しているのも特徴だ。
夏にはルーフテラスでパーティを開催するなど、500名を超える入居者がゆるやかにつながり、交流を深められるイベントが定期的に開催されている。利用料は12ヶ月契約の場合、週あたり290ポンド(約4万1430円)で設定されている。
欧州では、ザ・コレクティブのほか、コペンハーゲン、ベルリン、パリの3都市で展開する「LifeX(ライフ・エックス)」やブリュッセルの「Cohabs(コハブス)」など、コリビング型施設が増えつつある。
出張などの短期滞在者向けに、コワーキングスペースとホテルを融合させたような形態のコリビング型施設もある。蘭アムステルダムでは、2016年6月に「Zoku(ゾク)」がオープンした。日本語の“族(ぞく)”から名付けられたこの施設は、世界各地からアムステルダムにやってきた人々が集まり、ゆるやかにつながりながら、安心かつ快適に生活し、効率よく仕事に取り組める空間だ。利用料金は1泊あたり130ユーロ(約1万6250円)から設定されている。
各客室には、ゆったりと身体を休められるベッドのほか、キッチンやダイニングテーブルが備えられており、自炊を楽しむこともできる。また、デスクには、メモや筆記用具、模造紙など、文房具がきちんと揃えられており、仕事に集中しやすい環境づくりが行き届いている。
テラスのある最上階は、利用者同士が顔を合わせ、食事を囲んだり、コーヒーやお酒を飲みながら、なごやかに交流できるパブリックスペースだ。健康に配慮し、ヘルシーで美味しいメニューを日替わりで楽しめるレストランは、利用者から人気を集めている。
ゾクのコワーキングスペースには、卓球台やサンドバッグなどもあり、クリエイティビティを刺激するような空間が広がっている。イベントスペースでは、ビジネスやテクノロジー、デザインといった実務的なテーマから、料理をはじめとする趣味の分野まで、様々なイベントやワークショップが定期的に開催されており、利用者の学びの場としても活用されている。
ゾクは、一流ホテルと同等の快適さを提供するとともに、利用者を「Neighbor(ネイバー・ご近所さん)」と称し、“一つ屋根の下”で共に生活するコミュニティの一員ととらえているのが特徴だ。パブリックスペースやコワーキングスペースといった場の設計から、スタッフの接客スタイル、イベントなどの仕掛けまで、利用者が我が家のようにくつろげ、互いの日常的な交流が自然と生まれるよう、様々な工夫が丁寧に凝らされている。
とりわけ、馴染みのない街での滞在は、ワクワクと気分が高まり、楽しい反面、少なからず緊張やストレスが伴うものだ。ゾクは、安心して快適に暮らせ、仕事にも集中できる、つかの間の生活拠点兼仕事場として、短期滞在者やアムステルダムに移り住んで間もない新参者にとって貴重なコリビング型施設といえるだろう。
コリビングという新しいスタイルをよりよいものへと進化させるとともに、コリビングのムーブメントを世界規模で推進しようと、コリビング分野の専門コミュニティも生まれている。2017年2月、コリビング業界初のコミュニティ「PUREHOUSE LAB(ピュアハウス・ラボ)」がニューヨークで創設され、2018年6月にこれを「Co-Liv!(コリブ)」と改称した。2018年10月には、コリビングをテーマとするカンファレンス「Co-Liv! Summit(コリブ・サミット)」を開催。このカンファレンスには、ウィワークやザ・コレクティブ、ゾクなど、実際にコリビング施設を運営する事業者も数多く参加し、コリビングの現状とその課題、将来像などについて活発な議論が交わされた。
世界的にみると都市居住者は増加傾向にあり、国際連合の予測では、2050年までに人口全体のおよそ3分の2に相当する60億人が都市で生活するようになるとみられている。このような都市化に伴って、ニューヨーク、ロンドンをはじめとする主要都市では、慢性的な住宅の供給不足や家賃の高騰といった課題が深刻化している。
コリビングは、都市部での住宅事情の改善につながる新たな集合住宅の形態としても注目されている。その利点は、一定のプライベート空間を確保しながら、キッチン、ワークスペース、ラウンジなどの設備や機能を共有し合うことで、利便性の高い住環境と仕事場を比較的低コストで利用できることだ。
また、ともすれば孤独になりやすい都市部での生活において、“一つ屋根の下”のコミュニティの一員となり、隣人とゆるやかにつながることができるのも魅力のひとつだろう。とりわけ、自身のキャリアに合わせて、フレキシブルに都市から都市へと移動するプロフェッショナル層を中心に、コリビングのニーズはますます高まっていきそうだ。