欧米を中心に、美味しくヘルシーな食へのニーズがますます高まっている一方で、オフィスでは、これらを手ごろな価格でいつでも購入できるチャネルがまだ限られている。
執務中に小腹が空いたり、気分転換を兼ねて何か食べたい欲求に駆られたりすることがしばしばあるが、オフィスの自動販売機で販売されているのは、甘味料の多いコーヒーや炭酸飲料、カロリーの高いスナック菓子など、けしてヘルシーとはいえない商品がほとんどだ。
いうまでもなく、食は私たちの健康のみならず、生産性にも影響をもたらす。ニュージーランドのオタゴ大学の研究結果によると、野菜や果物を中心とする食事は、幸福感を高め、好奇心や創造力の向上に寄与するそうだ。それゆえ、経営者にとっても、従業員の健康管理や生産性向上などの観点から、職場におけるヘルシーな食へのアクセシビリティの確保が望まれている。
このようなニーズに対応し、近年、欧米のオフィスでは、ヘルシー志向の軽食やドリンクなどを24時間いつでも職場で購入できるオフィス向け無人販売サービスが広がっている。
米サンフランシスコ・ベイエリアで2015年に創設された「Byte Foods(バイト・フーズ)」は、その先駆者的存在だ。有名コーヒーショップ「Blue Bottle Coffee(ブルーボトルコーヒー)」や地元カリフォルニア州を拠点とするオーガニックベーカリー「Rustic Bakery(ラスティック・ベーカリー)」、とうもろこしスナック専門メーカー「Love Corn(ラブ・コーン)」など、100社以上の飲食店や食品メーカーから美味しくヘルシーな品質の高い商品を厳選して調達し、専用のスマート冷蔵庫型自動販売機を通じて24時間年中無休で無人販売している。
現在、バイト・フーズの自動販売機は、電気自動車(EV)専業メーカーのテスラ(Tesla)や大手石油会社のシェブロン(Chevron)、化粧品ブランドのセフォラ(Sephora)など、サンフランシスコ・ベイエリアおよびサクラメントの500カ所以上のオフィスに設置され、これらのオフィスに勤務する従業員全体の7割を超える6万3000人以上が利用している。
バイト・フーズが独自に開発したスマート冷蔵庫型自動販売機は、タグの情報を短距離無線通信でやりとりするRFID技術を採用しているのが特徴だ。この自動販売機を通じて販売されるすべての商品にはRFIDタグが付いており、利用者がクレジットカードをスライドさせて扉を開け、商品を取り出すと、どの商品をいくつ取り出したかが自動で認識され、この情報をもとにクレジットカード決済される流れとなっている。
また、RFIDタグに通じて商品の在庫状況をリアルタイムで把握できるのも利点で、バイト・フーズでは、データ解析によって自動販売機ごとの需要を予測し、品揃えの調整や在庫の適正化に役立てている。
バイト・フーズでは、利用者の多様なニーズに応え、品揃えの拡充にも注力している。朝食向けのマフィンやグラノーラ、サラダやサンドウィッチなどの軽食、ヘルシー志向のスナック菓子、フレッシュジュースに加えて、2018年5月には、ミールキット専門サービス「Chef’d(シェフド)」との提携のもと、仕事のみならず、家事や子育てなどで公私ともに多忙な利用者を主なターゲットに、献立の調理に必要な食材や調味料がセットされた“ミールキット”の販売も開始した。
夕飯の食材代わりにミールキットをオフィスで購入することで、退勤後、買い物に立ち寄る手間なく、短時間で調理でき、栄養バランスにも配慮された美味しい食事を自宅で楽しめるのが利点だ。調理設備の整ったオフィスであれば、オフィスで調理してその場で食べることもできる。
スイスの「FELFEL(フェルフェル)」もまた、スマート冷蔵庫型自動販売機を通じて、ヘルシーな昼食、軽食、ドリンクを無人販売するスタートアップ企業だ。地元の優良なシェフや食品メーカーらと提携しているのが特徴で、カプセル式コーヒーブランドのネスプレッソ(Nespresso)や大手メディアのトムソン・ロイター(Thomson Reuters)など、スイスおよびリヒテンシュタインの250社以上のオフィスで展開している。
フェルフェルでは、利用者が専用のRFIDバッジを使って扉を開け、バーコードスキャナーで商品のバーコードをスキャンして購入商品を登録すると、利用者のアカウントに登録されているクレジットカードで自動決済される。昼食や軽食のメニューには、パスタやサラダ、サンドウィッチなど、新鮮な旬の食材を生かしたヘルシーで美味しいものを週替わりで取り揃えている。
フランスの「Foodles(フードルズ)」は、昼食に特化したオフィス向けスマート冷蔵庫型自動販売機を展開し、保険・金融グループのアクサ(AXA)やホテルチェーンのアコーホテルズ(Accor Hotels)など、フランス国内の大手企業を中心に、25カ所のオフィスに向けて一日1500食以上を届けている。
フードルズでは、週替わりで5種類の昼食メニューが設定され、毎朝、調理済みの商品がスマート冷蔵庫型自動販売機に配送される。バイト・フーズの仕組みと同様、すべての商品にはRFIDタグが付いており、利用者がIDカードを使って扉を開け、商品を取り出すと、その商品が自動で特定され、決済される仕組みだ。専用のスマート冷蔵庫型自動販売機には最大200食を収容できる。
デジタルテクノロジーの進化により、自動販売機のような限られた空間にとどまらず、店舗全体の無人化、キャッシュレス化も実現可能となりつつある。
アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)が2016年12月、米シアトルの本社内に開設したレジ精算不要の無人コンビニエンスストア「アマゾン・ゴー(Amazon Go)」は、スマート冷蔵庫型自動販売機を拡張させた形態としても話題となった。店舗では、食料品やドリンク、惣菜、日用雑貨などを幅広く取り扱い、利用者は、スマートフォンにダウンロードした専用アプリのQRコードをチェックインレーンにかざして入店し、店内で欲しい商品を取ってそのまま退店すると自動精算され、レシートが発行される流れだ。
日本でも、オフィス周辺に飲食店が少なかったり、常に混雑していたりして、昼食を満足にとれない“ランチ難民”のニーズを捉え、自動販売機の機能や仕組みを応用した新たなサービスが生まれている。
2018年7月には、サントリーの自動販売機を中心とする飲料サービスを運営するサントリービバレッジソリューションが、ぐるなびと共同で、オフィスの自動販売機から近隣の飲食店に弁当を注文し、職場に届けてもらえる法人向けサービス「宅弁」を開始した。また、食料品やドリンク、日用雑貨など、幅広い商品を扱えるスマート冷蔵庫型自動販売機「600」のように、キャッシュレス方式の無人販売ソリューションも開発されている。
ヘルシーな食やドリンクに特化し、従業員の健康的な食生活を日常的にサポートするバイト・フーズなどの無人販売サービスは、従業員に向けた福利厚生の一環にとどまらず、食へのアクセシビリティという観点からオフィス環境を改善させ、従業員のモチベーションやパフォーマンスを向上させる手段としても、ますますニーズが広がりそうだ。