2018年1月に移転した三菱地所の新本社。その革新的なオフィスは、働き方が問われる現代社会に大きなインパクトを与えた。日本随一のビジネス街、丸の内の開発を進める三菱地所が自ら実験台となり、新しいワークプレイスのあり方を提示したのだ。前回のレポートに続き、後編ではさらなるディテールに注目しながら、新本社を支える仕組みの数々を紐解いていく。
総務部・ファシリティマネジメント室・統括の田中文康さんに新オフィスをご案内いただきお話をうかがった。
3階に総合受付やラウンジ、カフェテリアといった社外の方と接点を持てる場が、4〜6Fにはセキュリティが担保された執務スペースがあり、その4フロアを内部階段で縦に繋ぐという構成だ。執務スペースも共有スペースも全体的に見通しがよく、オープンで気持ちがいい空間が広がる。
「オフィスのデザインは、PARK(公園)というテーマにちなんで有機的なモチーフを採用しています。どこでも自由に人が行き来できるよう壁や仕切りは極力なくし、コミュニケーションの活性化を重視しました」
4〜5階の執務フロアには各階に2箇所ずつ「PERCH(パーチ)」と名付けられた共有スペースがあり、指紋認証で決済が可能な飲み物やスナックのスタンド、郵便・社内便ポスト、文具、雑誌、新聞などが置かれている。
かつては各部署がそれぞれ手配していた文具や雑誌・新聞といった資料は、今回の移転を機にすべてが共用化された。備品の補充や郵便物の手配などの庶務は、業務委託した常駐のコンシェルジュが専門的にサポートしているという。
「『PERCH』とは、“止まり木”という意味です。文具や資料を使うときはここに取りに来て、使い終わったら戻しに来る。一息つきたいときもここに立ち寄る。自然と人が集まり、立ち話をしたりスタンディングで打ち合わせをしたり、カジュアルな情報交換の場となっています」
容量無制限のクラウドストレージを導入したり様々な場所にモニターなどを配することで、ペーパーレス化も進められている。紙をストックするキャビネットは大幅に減り、社員の荷物も減り、共有スペースの拡大につながった。
効率化の追求とコミュニケーションを誘発する仕組みが絶妙に溶け合っている。
4〜5階の執務フロアではグループアドレスとして部署ごとにゆるやかに執務エリアがゾーニングされている。チームワークが中心なので、部署単位でのフリーアドレスが一番効率的と考えているという。
執務フロアにはハイテーブルとローテーブルが配置されている。
「ハイテーブルは通路を歩く人と同じ目線の高さに合わせています。ここでもコミュニケーションが生まれ、他部署のプロジェクトが社内で自然と共有されていきます。
一方で集中したい人には窓際の席や集中ブースが最適です。その日のワークスタイルに合わせて座る場所を選ぶシステムです」
約800人の社員を有する企業で実現しているこの大規模なフリーアドレス。社員はどのように荷物を管理しているのだろうか。
「社員には各自1つロッカーを支給しており、そこには電源コードが入っています。退社するときにパソコンを入れて一晩充電しておけば、翌日はバッテリーが満タンの状態で一日をスタートすることができます。
その日ごとにデスクを一掃するので、荷物は増えにくくなりますね。
小さなサイズのロッカーですが、ペーパレス化や事務用品の共有化を進めているので、これで問題なく収まっています」
移転前と比べて床面積は2割減にも関わらず、共有スペースは約3倍に増えているという。物理的な環境だけでなく、社員の意識までも抜本的に改革したであろう今回の本社移転で、苦労はなかったのだろうか。
「今回の移転は約9ヶ月間の短期プロジェクトで、それが功を奏したといえるかもしれません。コンセプトや新制度についてスピーディーに意思決定が行われ、決定した事項は迅速に社内へと共有されました。
ペーパレス化については3〜4ヶ月かけて段階的に減らしていきました。現在は紙の資料が72%減となっています。以前は紙に埋もれて働いていたので、移転前のオフィスを知っている人には、この視覚的な変化にかなり驚かれますね」
4〜6階は「FOREST」「LAKE」「BOULDER」「MUSEUM」「GLAMPLE」の5つのエリアに分けられ、天井、床、照明など細部までそれぞれのテーマに沿った色使いとインテリアが浸透している。
5階の「MUSEUM」は、モノトーンをベースにギャラリーのようなインテリア。壁に潜むアートや照明デザインのユーモアに、ふと心が解きほぐれる。
6階には経理、人事、広報など個室を必要とする部署が集まっている。「concentration&relaxation(集中とリラックス)」をテーマに、グランピングをイメージした空間が広がる。
シェードが付いたブースや、ストリングカーテンで囲ったテーブルなど、結界を引きながらも圧迫感がなく、気配を感じながらも顔は見えない、適度なプライベート空間が用意されている。同フロアには仮眠室もある。
床の配色にもグランピングの世界観が反映されている。地面に緑が生え、そこにラグが敷かれているような、多層的な色使いだ。
エリアを移動するごとに自然と気分が変わることに気がつく。異なる空間デザインが無意識に働きかけるゾーニングの効果だ。
各フロアの至るところに最新の指紋認証システムが導入されている。
打ち合わせスペースやカフェ、共有部の出入り口に設置されたセキュリティシステムは、指を置いて解除する。さらに社員が任意で自身の金融口座と紐付けることで、社内で販売する水やスナックやカフェテリアでの飲食は指一本で決済できる。実にスマートな仕組みだ。
パナソニック(株)と共同開発した社員位置情報システムも活躍している。各社員の社内位置情報を把握することで、フリーアドレスのデメリットを補完するほか、カフェテリアの混雑状況も知ることができる。
3Fにはラウンジとカフェテリアがある。
ラウンジの席は予約不要なので、急な打ち合わせにも使われる。奥のライブラリースペースでは、選書サービスを提供する企業に依頼し、「食」「暮らしと自然」など4つのテーマにちなんだ書籍が並ぶ。
カフェテリア「SPARKLE」では、朝型の働き方を推奨するため、朝7時〜8時半は社員に朝食が無料で提供される。ランチタイムは、栄養バランスが考慮された日替わりのセットメニューA・B、ボウル、カレー、ヌードルの5種類のメニューに加え、温冷8種類のデリやサラダなどを選ぶことができる。夜になれば、お酒を飲みながらカジュアルにミーティングをする光景もあった。ランチタイムに限らず、「食」を通じて1日中活用される新しいワークプレイスなのだ。
以上の4フロアが内部階段で縦に繋がり、ビル共用部を通らず社内各所への行き来が可能となった。機密資料等の漏洩リスクが大幅に低減でき、社員の健康促進にも繋がる。
さらには社内の人の行き来が活性化されて、コミュニケーションが生まれる。実際に取材中、田中さんが偶然に他部署の同期社員とすれ違い、挨拶を交わしながら情報交換をする場面があった。
“なんだか気持ちがいい空間”が広がっている三菱地所の新本社だが、目を凝らして細部を見ると、例えば階段ひとつをとっても、小さなインテリアひとつをとっても、その位置、構造、デザイン、全てにおいて意図があるのだ。
この革新的な本社移転は、こうした無数の思考が積み重なった賜物なのであろう。社員の満足度は約90%に達している。今後はこのオフィスで得た価値や実証実験の結果を顧客や新しいビル、まちにも還元していくという。
従業員数が800人を超える大企業、しかも日本を代表する財閥系企業が成し遂げた、このオフィスの大改革。
今までは規模や伝統が変革をとどめる言い訳に使われる傾向があったかもしれない。しかし三菱地所がここまでの大改革を実現したら、もう規模も伝統も阻害要因とは言えなくなってしまった。
自由で開放感のある空間の中、社員たちがいきいきと動き回っている風景が印象的で、日本の大企業にはなかった順応性の高さを感じることもできる。企業の雰囲気やブランドイメージにも影響が大きいのではないだろうか。
最後に田中さんはこう話す。
「新しい本社での、効率性改善やコミュニケーションの活性化、実験的な取組が、企業としての競争力につながって、最終的に成果として収益性や事業性につながっていければ良いと思っています。因果関係を証明するのが非常に難しくはあるのですが(笑)」
今回の大変革がもたらした本当の成果は、数年後どのようなかたちで現れるだろうか。
オフィスビルや住宅、商業施設をはじめとする不動産開発を通じたまちづくりのリーディングカンパニー。2018年1月に「大手町ビルヂング」から「大手町パークビルディング」に本社を移転。